イエローノート

日々学び、日々遊び、日々挑み、日々成長。自分の学びの備忘録。

【備忘録】デジタルを学ぶべき理由

今に始まった話ではありませんが、世の中が急速にデジタル化しています。これからはすべての物事がデジタル前提で組み立てられます。デジタル化によってこれまで考えられなかったようなことが実現する一方で、デジタル化による情報漏洩や金融詐欺など様々な事故も起きています。事故はこれからも起きると思いますが、デジタル化の流れは不可逆的なものです。事故が起きるのはデジタル化に限ったことではありません。人間の営みすべてに事故や犯罪がつきものです。これからの時代を快適に生きていくにはデジタルに関するリテラシーを高めておかなければなりません。

デジタル・リテラシーとは?

ではデジタル・リテラシーを高めるとはどういうことでしょうか? カタカナ用語では難しく感じてしまいますが、私の考えはすごく単純で、リテラシーの高い人と低い人の差は「デジタルな機器やサービスを使った経験があるかどうか」だけだと思っています。「PCやスマホタブレットを縦横無尽に使いこなす」とか「自分でプログラムを書いて、アプリサービスを創ることができる」とか、高度のものである必要ないと思っています。もちろんそういったスキルがあればよいのですが、当然ながら全員がそうである必要もないわけです。私が必要と考えるのは、様々なデジタル機器やサービスを使った経験を踏まえて、そのサービスがどのような仕組みで動いていて、自分にとって必要か否かを理解していることだと思います。

最悪なのは「よくわからないし、なんとなく不安だから」という理由で「食わず嫌い」をすることです。人間、未知のものに遭遇すると不安になるのは当然です。しかし一度経験すれば、たいていの場合「なんとなく不安」の部分は解消できるのではないかと思います。その経験を踏まえて「これば便利だからもっと使ってみよう」となるのか、「自分には合わないから使うのをやめよう」となるかは人それぞれでしょう。この経験の積み重ねがリテラシーを高めることにつながります。

まとめ

今後世の中に出てくる商品やサービスはすべてデジタルが前提となります。デジタル化されていないものは「世の中に存在しないもの」と同義といっても過言ではないかもしれません。私は人類の進歩の果実を最も享受できるのは、マーケティング用語でいう「アーリーアダプター」だと思っています。少なくとも「アーリーマジョリティ」でなければ、これからのデジタル世界を生きていけないのではないかと思っています。急速に変化していく世界では、誰もが「なんとなく不安」になるものです。しかし不安だからといって立ち止まっていては何の解決にもなりません。不安だからこそ、学び、行動し、失敗し、さらに学ぶというサイクルを回していくことが大切なのではないでしょうか。これがリテラシーを高めるということだと思います。